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Richard Trenton Chase/リチャード・トレントン・チェイス T-shirts

5,600円(内税)

  • サイズ
購入数
▼Richard Trenton Chase/リチャード・トレントン・チェイス
▼TシャツBODY:5.0oz 
▼BODYカラー:ブラック
▼抜染、白インク、青緑インク使用
サイズ(cm)
▼XS:着丈/64 身幅/45 袖丈/16
▼S :着丈/65 身幅/48 袖丈/20
▼M :着丈/68 身幅/50 袖丈/20
▼L :着丈/71 身幅/53 袖丈/21
▼XL:着丈/75 身幅/53 袖丈/22
※単位はcm
※繊維製品ですので、±1〜2cmの誤差があります。ご了承下さい。



「フロントプリント」

チェイスの顔部分は抜染プリント、その上にかかる電波や諸々は白インクと使い分けて
同じ白っぽいプリントの中でアクセントを付けてあります

上部は”He explained that the Nazis were connected to UFOs
which had telepathically commanded him to kill to replenish his blood.”
(彼はナチスのUFOがテレパシーで彼の血を補充するために殺せと命じられたと説明しました。)
の文字とその横にナチスが開発していたと言われるUFOを。


中部はチェイスの顔を吸血鬼風に加工。

頭部にはUFOからのテレパシーをイメージしたデザインを。
口から垂れた血はインクの種類を変えアクセントを付けてあります。
頬にははラエリアン・ムーブメントのマークを。

※ラエリアン・ムーブメント
UFOカルト団体の設立者ラエルは、教団の運動のシンボルとして卍とダビデの星を組み合わせたマークを採用した。
彼によれば、異星人エロヒムの宇宙船に描かれているマークなのだそうだ。
ダビデの星は無限の空間、卍は無限の時間を表しており、総じて空間、時間、無限性、永遠性の関係を表現しているのだという。
1990年にイスラエル政府からの支援を得る目的で六芒星に置き換えられたが、
2005年に「我々を作り出した科学者のシンボル」であるとして再度採用された。
それ以来、同教団は親スヴァスティカ同盟を設立し、卍の復権運動を展開している。

下部はこれまたテレパシーをイメージしたデザインに
he'd been persecuted by Nazis because he had a Star of David on his forehead-which he didn't.
(彼は額にダビデの星を持っていたのでナチスに迫害されていたのです)
の文字を。

そして、彼の異名の The Vampire of Sacramento(サクラメントの吸血鬼)
その下に he drank his victim's blood and cannibalized there remains
(彼は彼の犠牲者の血を飲み遺体を食べた)の文字を。




「バックプリント」

上部に He sliced off her nipple and drank her blood, using an empty yogurt container as a drinking glass
(彼はコップとして空のヨーグルトの容器を使用し、彼女の乳首をスライスし血を飲みました)の文字を。


中部には犠牲者の写真とvampire mental petient held in mass murders
(吸血鬼的精神病患者であり大量殺人者であった)の文字を。

そしてナチスのUFOとチェイスが血を飲む時に使用したヨーグルトの容器の写真、チェイスのマグショット。

while serial killer RICHARD CHASE was in custody,detectives searched his apartment.
what they found in the putrid-smelling place was disgusting.
nearly everything was bloodstained,including food and drinking glasses.
in the kitchen ,they found several small pieces of bone,and some dishes
in the refrigerater with body parts.
one container held human brain tissue.
an electric blender was badly stained and smelled of lot.
(連続殺人犯リチャード・チェイスが拘留中に彼のアパートを捜索した時、証拠が不快な腐敗臭と共に見つかった。
食品や飲料のガラスを含むほぼすべてが血まみれでした。
台所で彼らはいくつかの小さな骨の破片、および体の部分と冷蔵庫内のいくつかの料理を発見しました。
一つの容器は人間の脳組織が入っていました。
電動ミキサーはひどく染色し色んな腐敗臭がしました。)の文字。








リチャード・トレントン・チェイス(Richard Trenton Chase、1950年5月23日 - 1980年12月26日)
a.k.a. The Vampire of Sacramento
被害者を射殺した後、腹を切り裂き、ヨーグルトの容器で血をすくって飲んだ事から、「サクラメントの吸血鬼」との異名をとる。



カリフォルニア州サクラメント出身。やや内気な性格だったが、ごく普通の子供だったという。
しかし、12歳のころから母親が情緒不安定となり、「浮気をしている」「麻薬をやってる」「私に毒を盛っている」などと
夫をなじるようになってから、両親は次第に不仲になり、家庭内で夫婦の諍いが絶えなくなった。
やがて本人も居心地の悪さから、おかしくなり、高校へ通う頃になると酒におぼれ、マリファナを常用するようになり、
身なりに構わなくなり何日も風呂に入らず悪臭を漂わせて同級生たちを不気味がらせるようになる。


青年期、彼はアルコール使用障害を患っているだけでなく長期にわたり薬物中毒に陥っていた上に、
「怒りを抑え込んだことによる精神的問題」から勃起不全にも苦しめられていた。
1973年、重度の精神障害を患っていると診断されたが、両親はチェイスを放置した。
1976年、ウサギの内臓を生で食べて中毒症状を起こしたのをきっかけに精神病院に入院。
入院中は、「誰かに毒を盛られて以来、血が粉になるために血液を補充している」という理由で
動物をかみ殺しては血が付着したままうろつくようになり、周りの者から「ドラキュラ」呼ばわりされた。
チェイスがドラキュラになったのには理由があった。
彼は「誰かに毒を盛られたために血液が粉になってしまうので、血液を補充しなければならない」との妄想に囚われていたのだ。


誰の目にも精神に異常をきたしていることが明らかで、病院スタッフは皆、チェイスを隔離病棟へ収容すべきと主張したが、
主治医は投薬と母親との同居を条件に退院させてしまう。
しかし、息子が薬漬けになるのに不安を感じたチェイスの母親は投薬をやめさせてしまった。
また、母親は同居を拒み、精神障害者向けの社会保障で週246ドルの家賃補助が受けられたのでアパートに一人暮らしをさせた。
それ以来チェイスは、近所のペットの犬や猫をさらっては、内臓をミキサーにかけてコーラで割って飲んでいた。
チェイスの母親はそれをとがめるどころか、犬や猫を買う金を工面していた。

1977年8月、チェイスはタホ湖の湖畔で全裸で血まみれの状態で突っ立っているところをパトロール中の保安官に緊急逮捕される。
傍に止めてあった車の中からライフルとバケツ一杯分の血液が発見されたため、殺人容疑で捜査が開始されたが、
後にその血液は牛のものと判明したため、結局チェイスは厳重注意の末釈放されてしまった。


1977年12月29日、チェイスは22口径のリボルバーを入手し、その足で走行中の車から、庭の手入れをしていた52歳のビジネスマンの男性を
射殺する。
年が明けた1978年1月23日に22歳の妊婦を射殺し、彼女の腹を裂いて、内臓を引きずり出すとその一部を切り取り、
溢れる血をヨーグルトの容器ですくって飲むと、その口に自分の排泄物をねじ込んだ。


チェイスはしばらく鳴りをひそめていたが、1月27日にもある民家に押し入り、そこにいた36歳のシングルマザーと6歳の息子、
生後22カ月の甥、彼女の恋人である52歳の男性の4人を殺害して、同じように血を飲んだ。
同年1月28日、目撃者からの通報を受けた警察がチェイスを逮捕。警察が踏み込んだ際、アパートの部屋は
動物や人間の臓器や血液で完全に汚れきっていた。カレンダーには、44日分もの殺人のスケジュールが組まれていた。

チェイスは殺人を犯したことは認めたが、それは自分の命を守るためだったと主張した。
チェイスによると、彼の命は「石鹸箱の毒」によって危険にさらされているということだった。
 石鹸箱の毒とはどんなものか知らないと言うと、彼は説明してくれた。誰もが石鹸箱を持っている。
石鹸を持ち上げてみて下が乾いていれば問題がない。だが、ぬるぬるしていたら、その人は石鹸箱の毒にやられているのだ。
その毒はどんな害を与えるのかと聞くと、体内の血液を粉に変えてしまう、と彼は答えた。
 彼はユダヤ教の象徴のダビデの星が額についているために、ずっとナチに迫害されてきたと言って私にそれを見せた。
ナチは地球の上を絶えず飛んでいるUFOと結びついていて、そのUFOからテレパシーで、
血液を補充するために人を殺せという指令がきたのだと言った。


1979年、死刑を宣告される。チェイスと面会したロバート・K・レスラーはチェイスが責任無能力者と考えたが、
控訴審ではそのことは争われなかった。

1980年12月26日、独房にて医師から処方されていた抗うつ薬を大量に飲んで死亡。30歳没。

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