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CHARLES MANSON(チャールズ・マンソン) T-shirts / "MAD?" black BODY

5,400円(税込5,832円)

  • サイズ
購入数
▼TシャツBODY:5.0oz 
▼BODYカラー:ブラック
サイズ(cm)
▼XS:着丈/64 身幅/45 袖丈/16
▼S :着丈/65 身幅/48 袖丈/20
▼M :着丈/68 身幅/50 袖丈/20
▼L :着丈/71 身幅/53 袖丈/21
▼XL:着丈/75 身幅/53 袖丈/22
※単位はcm
※繊維製品ですので、±1〜2cmの誤差があります。ご了承下さい。


「フロントプリント」
フロント写真部分は抜染プリント、その上の文字は油性プリントで白インクを使用

写真部分と文字部分を違うプリント方法にすることにより全体的に白っぽいプリントにも微妙な違いが生じ
奥行きが出る仕上がりになっております。
ちなみに画像では分かりにくいかもしれませんが、写真部分(抜染プリント部分)は少し黄ばんだ感じになっております。

マンソン写真にMAD?の文字

そしてfuck'em all

I had already stopped to measure a measure of the general public myself a long time ago
俺はずっと昔に自分を世間一般の尺度で測るのをやめてしまっていた
の文字とシャロンテートの写真

まぁ、要約すると「お前らの物差しなんか関係ないんじゃ、ボケ!」
てな内容です笑

「バックプリント」
バックプリントは全面、抜染プリント

マンソンガールズ、スーザンアトキンスのインタビュー新聞記事をコラージュしたものになっており、
私はシャロンテートの血を飲んだ、とホンマかウソか、ショッキングな内容になっております










母親は売春婦をやっていた16歳の家出少女であるキャスリーン・マドックス、父親はカール・スコットというろくでなし男の間に生まれる。[9]母親から育児放棄をしほったらかしにされたため、数か月間は戸籍もない名無しの赤ん坊として過ごすが生を受けて数か月後に「チャールズ」と名付けられ、その当時に母が気まぐれで結婚した男性の姓である「マンソン」を貰い受ける。

5歳の頃に、母親とその兄(マンソンの伯父に当たる人物)が、ガソリンスタンドを襲撃した事によって逮捕され懲役5年の実刑判決を言い渡されたため、祖父母の家に引き取られ育てられる。しかし、その後は親戚を転々として孤児院に入れられる。その後孤児院を脱走してようやく母に再会するが見放される。このような複雑な出自のため社会に適応できず、9歳の時犯罪に手を染めて以降1967年に釈放されるまでに人生の大半を刑務所で過ごした。

出所後、時代はフラワー・ムーブメントの真っ只中。どいつもこいつもが髪を伸ばして髭をはやし、LSDに明け暮れていた。、家出した少女を集めて「ファミリー」として集団生活を始める。彼自身の風貌が当時の流行だったヒッピーと重なったこともあり、LSDを用いて少女達を洗脳し男性を誘惑させ信者にさせた。マンソンは『聖書』を独自に解釈し、女性は罪人であると信じ込んでいた。

「遂にヘルター・スケルターの時が来た!」

数件の残忍な殺人事件を計画し、ファミリーのメンバーに実行を命じた。マンソンを象徴する有名な事件として、1969年8月9日、ロマン・ポランスキーの妻で当時妊娠8ヶ月だった女優のシャロン・テートら5人の無差別殺害がある。

マンソンは自ら殺害を実行することはなく、テート・ラ・ビアンカ殺害事件に関しても実行犯は3人の女性信者で全員が終身刑となり現在も服役中であるが、たびたび仮釈放申請が出され、そのたびにマスコミの関心を集めている。マンソン自身にも1971年4月19日に死刑判決が下された。しかし続く1972年2月にカリフォルニア州では死刑制度が一時的に廃止されたため、これは自動的に終身刑に減刑された。後年同州の死刑制度は復活したが、マンソンには影響が及ばず、現在もカリフォルニア州刑務所で服役している。

2007年の仮釈放に通算11回目の申請を行ったが、「依然として他者に理不尽な危険を及ぼしており、接触する人間に危害を加える恐れがある」として却下された。また、2012年には通算12回目の仮釈放の申請を行ったが却下されている。次回の申請は15年後の2027年である。

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