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HANDS OF DEATH/HENRY LUCAS&OTTIS TOOLE(死の腕/ヘンリー・ルーカス&オーティス・ツール) T-shirts

5,400円(税込5,832円)

  • サイズ
購入数
▼TシャツBODY:5.0oz 
▼4300円
▼BODYカラー:ブラック
▼抜染白プリント、赤インク使用
(抜染白プリントの為インクのごわつきとかは全く無くナチュラルな仕上がりとなっています)
サイズ(cm)
▼XS:着丈/64 身幅/45 袖丈/16
▼S :着丈/65 身幅/48 袖丈/20
▼M :着丈/68 身幅/50 袖丈/20
▼L :着丈/71 身幅/53 袖丈/21
▼XL:着丈/75 身幅/53 袖丈/22
※単位はcm
※繊維製品ですので、±1〜2cmの誤差があります。ご了承下さい。



「フロント」

上部には“Sex is one of my downfalls. I get sex any way I can get it.
If I have to force somebody to do it, I do…I rape them; I’ve done that.
「俺にとってセックスは最悪のものだった。俺を自然のままに受け入れてくれる奴などいなかった。
セックスしたけりゃ力ずくだ。殺すしかない。」
の文字の下に
HANDS ov DEATHの文字。
これは前から使ったりしてるんですがpsychic TV インフルエンスでof→ovとしています。

ヘンリーの顔の後ろに悪魔的儀式も行っていたカルト集団HANDS ov DEATHをイメージした
ペンタグラムと骸骨、殺人、オーティスの顔の下には殺してしまったベッキーの顔をコラージュ

血糊の上に
“Killing became the same thing as having sex.”
「殺す事はセックスとと同じ事だ」の文字。
そして白部分の抜染プリントとの対比を強調する為とB級っぽさのイメージで
敢えて油性赤インクを使用してコテっとした質感を出しています。

その下には
I have tried to get help for so long and no one will believe me.
I also killed the only girl I ever loved.
「私は長い間助けを求めようととしていたとしても誰も私を信じないでしょう。
私はまた、私が今まで愛した唯一の女の子を殺しました。」の文字。

そして裾にはLARVA serial killa seriesの文字。



「バックプリント」
バックプリント上部には刑務所に収監されて聖書の教えを知り改心したヘンリーをイメージして十字架を。

下部には、その改心のキッカケになったシスター・クレミーの写真と
sister Clemmie prays as she relives her Christmas
Eve adventure She passed Henry's first bible through this food slot,and almost dropped
it when his hand touched hers.
「クリスマスイブの冒険を思い起こしながらお祈りするシスター・クレミー
この差し入れ口からヘンリーに最初の聖書を手渡した
ヘンリーの手が彼女の手に触れた時危うく聖書を落とすところだった」の文字。











ヘンリー・リー・ルーカスは1936年8月23日、アメリカバージニア州ブラックスバーグに生まれた。母親のヴィオラは売春婦をしていた。
父親のアンダーソンは、酒に酔って列車に轢かれ、両足を失った貧弱な元鉄道員であった。
ヘンリーは11番目の子供であり、ヴィオラは女児が生まれてくることを期待していた
(娘が生まれれば、母娘で売春が出来ると考えていたため)。
だがヘンリーが男児であったことに失望する。
ヴィオラは息子を「ヘンリエッタ」と名付けて女装をさせたり、意味も無く殴りつけたり、
自身の客を家に呼んでヘンリーの前で性交し、それを見るように強要するなど、
執拗に虐待を繰り返していた。
ヘンリー自身、「おふくろは、俺が何かを愛するという感情を抱くことに我慢ならなかった」
「おふくろは完全な狂人だった」と告白しており、
ヴィオラが人格的に異常であったことは明らかであった。
ヴィオラの悪罵に耐えかねた彼は、母の喉を自らナイフで切り裂いて殺害した。

彼は逮捕され、第二級謀殺罪により40年の刑を宣告された。
しかし、彼自身は「おふくろが本当に死んだ」とは思ってはいなかった。
長年ヴィオラに虐待されたことで、ヘンリーの精神は骨の髄まで母の支配下にあった。

囚人一人に掛かる年間の費用が多額であったことと、当時のベトナム戦争が
泥沼化していたことで、国の財政が逼迫していたことから、
司法当局は「更生の見込みのある犯罪者には、可能な限り社会復帰のチャンスを与える」
という名目で、早期釈放を推進していた。
収監されてから10年後、ヘンリーは仮釈放されることになった。
仮釈放委員会で「釈放されたら、自分は必ず人を殺す」と明言していたにもかかわらず、
彼は釈放された。
仮釈放審査の面談で委員のひとりから、「君は釈放されたら本当に人を殺しますか?」
と尋ねられたヘンリーは、「はい。私は釈放されたら間違いなく人を殺します」と言ったが、
委員たちはこれをジョークと受け取った。
そしてヘンリーは、自らの予言通りに、刑務所を出て数ブロックのところで女性を絞殺し、
金品を強奪した。

釈放後の1979年、ヘンリーはオーティス・トゥールという男と出会う。
ヘンリーの供述によれば、1978年からアメリカ全土を股に掛けて殺人行脚を繰り広げた。
2人は強盗や強姦を繰り返す一方で、「死の腕(The Hand Of Death)」と
いうカルト集団の殺し屋としても働いていた。
この「死の腕ハンド・オブ・デス」は、犠牲者の心臓を抉り出す儀式を行うだけでなく、
殺人を金で請け負い、幼児売買等を行う犯罪組織であった。
メンバーの毎日の食事は、殺害した人間の人肉体のステーキで、
誘拐してきた子供が主な食材となっているという異常集団であった。

オーティスから紹介されたベッキーという少女に、ヘンリーは強く惹かれていった。
ヘンリーと行動を共にし、無条件でヘンリーを受け入れるベッキーの髪の毛を
といたりするなどして、ヘンリーは彼女を愛し始めた。
彼女に対してセックスは求めず、性的衝動が高まると、別の女性を襲って殺害してから
ベッキーの元へ戻ってきた。
だが、後にベッキーがキリスト教に目覚めたことがきっかけで2人の間に溝が生まれる。
後にヘンリーはベッキーを殺害したが、そのことをひどく後悔した。
ベッキー殺害後のヘンリーは、犯行後に証拠を残すようになった。

1983年の逮捕後、ヘンリーは約3000件の殺害を自供しているが、
一般的に実際に殺害したのは360人程度と考察されている。
ただし、ヘンリーには虚言癖があったとされるためにこの数字にも根拠は無い。
ヘンリーは後にモンタギュー郡拘置所の独房の中でキリスト教に目覚め、
テキサス州ウィリアムソン郡ジョージタウン刑務所にて、
それまでの罪を進んで自白するようになった。
それは、彼が犯した殺人のために冤罪で逮捕される人を救うためであるというが
真実は定かでない。
殺人罪が確定しているのは9件で、物的証拠があるのは2件のみである。
毒殺以外のありとあらゆる殺しを行ったと彼は語っている。
ヘンリーと一緒になって自供し続けたオーティス・トゥールは
1996年9月15日に肝硬変で死亡した。
「ヘンリー・ルーカス連続殺人事件特別捜査班」の正式メンバーとして、
鉄格子の中から助言を行っていたが、
2001年、テキサス州ウィリアムソン郡ジョージタウン刑務所内にて心臓発作で死亡。
64歳没。遺体を引き取りに来た身内はいなかった。

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