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MOOR MURDERS (ムーア殺人事件) T-shirts/ longsleeve 

4,800円(税込5,184円)

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MOORS MURDERS/ムーア殺人事件
MYRA HINDLEY & IAN BRADY/マイラ・ヒンドリー&イアン・ブレイディ


▼TシャツBODY:5.6oz
▼BODYカラー:ブラック

サイズ(cm)
▼XS:着丈/62 身幅/46 袖丈/57
▼S :着丈/65 身幅/49 袖丈/60
▼M :着丈/69 身幅/52 袖丈/60
▼L :着丈/73 身幅/55 袖丈/61
▼XL:着丈/77 身幅/58 袖丈/62
※単位はcm
※繊維製品ですので、±1〜2cmの誤差があります。ご了承下さい。



フロントにはMYRA HINDLEYの前面写真、横写真、全体写真をコラージュ、
下にはMOORS MURDERSとThe Moors murders were carried out by Ian Brady and
Myra Hindley between July 1963 and October 1965,
in and around what is now Greater Manchester, England.
「ムーア殺人事件はイアン・ブレイディとマイラヒンドリーにより
1963年7月と1965年10月の間にイギリスのマンチェスター周辺で行った」
の文字をプリント。その文字の横にマイラが傾倒していたナチ強制収容所の女看守、イルマ・グレーゼの目部分をプリント。




バックにはIAN BRADYの新聞記事を。それにIANが傾倒し熟読していた「我が闘争」からスカルとユーゲントナイフを、また加えて傾倒していたマルキ・ド・サドの絵も合わせたデザインになっています。

ロングTシャツの右袖にはLARVAマーク、左袖には

The couple were regulars at the library,
borrowing books on philosophy,
as well as crime and torture.
They also read works by the Marquis de Sade,
and Fyodor Dostoyevsky's Crime and Punishment.
「カップルは、図書館で常連だった
哲学の本だけでなく犯罪や拷問の本も借りていた。
彼らはまたマルキドサドの作品や
ドストエフスキーの罪と罰も読読んでいた」の文字をプリント。


プリント方法ですが風合いとこのデザインを活かす為、
抜染プリント(通常のインクを乗せるタイプでは無く、プリント部を脱色する方法)を採用。
インクのゴワつき感がなくなる上、コレにより雰囲気が増しています












イアン・ブレイディーはスラム街で私生児として育った。11歳までは正常だったらしいが、都市再開発計画により住居を移され、裕福な子供たちと一緒に小学校に通わなくてはならなくなると、その階級の違いをまのあたりにして羨望と憎悪を抱くようになったという。
 彼はひっきりなしに盗みをはたらき、動物を虐待するようになった。13歳から20歳までは少年院を出たり入ったりし、21歳で化学薬品会社に就職した。
 彼はナチス思想と、マルキ・ド・サドの小説世界にかぶれていた。どちらも「凡愚なる大衆は死んで当然」という彼の持論を裏づけてくれたからだ。ブレイディーは知能が高かったので、そのうち『我が闘争』を原語で読めるまでになったらしい。
 さて、就職先にいた冴えない18歳のタイピストが、やがて彼の相棒となったマイラである。彼女はごくふつうの家庭で育ったまともな少女だったが、前の恋 人を「子供っぽすぎる」という理由で捨てたり、無口でドイツワインをたしなむブレイディーに熱をあげてしまったことなどからみて、過度にロマンティックな 憧れを抱いた女の子ではあったようだ。
 ともあれマイラは「インテリでクール」なブレイディーに夢中になる。ブレイディーから見たマイラは「労働階級の、うすのろの小娘」でしかなかったが、マイラの片思いは一年近くもつづいた。
 1961年、ブレイディーはクリスマス・パーティの帰り道、なぜか気が向いて彼女を家まで送ってやろうと思った。マイラはこれを受け、1週間後、自宅のカウチの上で処女を失った。
 ふたりは毎週デートするようになり、ブレイディーはカトリックだったマイラに聖書の矛盾点を指摘して論破し、彼女の信仰心を粉々にくだいた。そして代わ りに無神論と、サド侯爵の世界観と、ナチスの思想を吹きこんだ。マイラはまたたく間にそれに染まり、イルマ・グレーゼ(ナチスの女看守、有名なサディスト で、「ベルゼンの雌獣」と呼ばれた)を気取って髪をブロンドにし、革ブーツを穿くことになる。ブレイディはそれを気に入って彼女を「マイラ・ヘス」と呼ん だ(ヘスはヒトラーの副官、ルドルフ・ヘスからとったもの)。
 1963年7月、ブレイディーはマイラに「完全殺人」を犯してみないかと持ちかけた。マイラは彼の言いなりで、一も二もなくそれに従った。
 7月12日、ふたりはヴァンで出かけ、16歳の少女を言葉たくみに誘って車に乗せた。少女はブレイディーに強姦され、喉をかき切られて殺された。
 11月23日、また車で出かけると、12歳の少年をだまして乗せ、強姦ののち絞殺。絞め殺したのは、ナイフがなまくらで喉を切ることができなかったためである。
 翌年6月16日、ふたりで車を出し、「荷物を運ぶのを手伝ってほしい」と12歳の少年をだまして乗せた。少年はブレイディーに強姦され、絞め殺されて荒地に埋められた。
 1964年12月26日、ふたりは遊園地で10歳の少女を拾った。マイラの同居者は祖母だけだったが、祖母は伯父の家へ泊まりに行っていたので、少女はマイラの家に連れこまれることになった。
 少女は裸にされ、淫らなポーズをあれこれ取らされて、その姿を写真に撮られた。またテープレコーダに声を録音された。このテープはのちに裁判で証拠として出されたが、少女は
「お願いだから服を脱がせないで」
「裸にしたらいや、おねがい」
「やめて、おばさん」
 と、一貫して哀願している。それにマイラの声がかぶさって、
「お黙り。黙らないと何をするかわからないよ、ぶつよ」。
 その後、少女は自ら口にハンカチを押し込むことをブレイディーに強要され、強姦され絞殺された。
 ブレイディーはすでにもう随分前から、マイラに性的な興味をほとんど持っていなかったらしい。ブレイディーにとって満足いく性交とは征服欲を満たすサ ディスティックなものでなくてはならなかったが、簡単に征服できてしまったマイラでは役者不足だったのだろう。ひどいときにはブレイディーが自慰をしてい る最中、マイラは彼の肛門に蝋燭を挿入する役目をやらされたという。そうやって彼に奉仕している間、マイラはなんの快楽も与えられず放っておかれるのだ が、別段彼女はそれを侮辱と感じていたふしはないようだ。何しろマイラにとって、彼は絶対だったのだから。
 マイラは逮捕後、
「あのひとが地球は平らだ、太陽は西からのぼる、月は生チーズでできている、と言っていたとしても、私はそれを信じたでしょう」
 と言っている。
 1965年10月、またもブレイディーは殺人への衝動にかられた。そして「共犯者が必要だ」と言い張り、マイラの義弟で17歳のデヴィッドを仲間に引き込もうと計画した。
 まずブレイディーが外で17歳のゲイの少年を拾い、性交している間にマイラがデヴィッドを呼びに行った。デヴィッドがブレイディーのアパートのドアを開 けると、ブレイディーは少年の頭蓋を斧でたたき割っている真っ最中だった。床一面が血の海となり、少年はぐったりして動かなくなった。
 ブレイディーはデヴィッドを振りかえり、斧に彼の指紋をつけるため、「この重みを確かめてみろよ」と言って手渡した。
 デヴィッドはその場では死体の処理を手伝ったものの、彼らに加担する気はなかった。彼は口では生半可な超人思想を唱えてはいたものの、現実の殺人に適応できるほど「イカれて」はいなかったのだ。彼は家に着くと激しく嘔吐し、妻にすべてを打ち明けた。
 デヴィッドの通報でブレイディーとマイラは逮捕された。
 ブレイディーは3回の終身刑、マイラは1回の終身刑を宣告された。

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